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東京高等裁判所 平成6年(行ケ)252号 判決 1996年2月13日

石川県金沢市中央通町5番13号

原告

ダイエー食品工業株式会社

同代表者代表取締役

千田晃

石川県金沢市中央通町5番12号

原告

株式会社ディエムエル

同代表者代表取締役

千田晃

原告両名訴訟代理人弁護士

会田恒司

同弁理士

三浦邦夫

東京都千代由区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官 清川佑二

同指定代理人

深澤幹朗

酒井雅英

幸長保次郎

関口博

主文

原告らの請求を棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  原告ら

「特許庁が平成2年審判第12023号事件について平成6年8月25日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

2  被告

主文と同旨の判決

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告らは、昭和60年12月28日、名称を「冷蔵装置」とする発明(以下「本願発明」という。)につき特許出願(昭和60年特許願第298515号)をしたが、平成2年5月22日拒絶査定を受けたので、同年7月13日審判を請求し、平成2年審判第12023号事件として審理されたが、平成6年8月25日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決があり、その謄本は同年10月5日原告らに送達された。

2  本願発明の要旨

食品を保存すべき保存室の上部に、微細孔を有する多孔板を介して該保存室と区画した加圧冷気室を形成し、

この加圧冷気室内に、加湿器の吹出口を開口させ、

この加圧冷気室と保存室下部とをダクトを介して連通させ、

このダクトから加圧冷気室に至る通路に、ダクト側に吸込側を連通させ加圧冷気室側に吐出側を連通させた冷却ユニットを設け、

上記多孔板の微細孔は、上記冷却ユニットの吐出側より吹き出される冷気により、上記加圧冷気室の圧力を上記保存室の圧力より高め加圧状態の冷気を該微細孔から保存室内に噴出降下させる孔径に設定し、

かつ該多孔板の微細孔を介して保存室内に噴出降下する空気の速度が50~90cm/secとなるように制御することを特徴とする冷蔵装置。(別紙図面1参照)

3  審決の理由の要点

(1)  本願発明の要旨は前項記載のとおりである。

(2)  これに対して、本願の出願前に日本国内において頒布された刊行物である実公昭53-25875号公報(以下「引用例1」という。)には、特にその第2頁3欄38行ないし42行「熱交換室7を通過した空気は、サーキュレーションファン11に送られて天井ダクト16内を流れ、ダクト板15に備えたサーキュレーション孔19・・・から吹き出され、収容部2を降下して」の記載からみて、熱交換された冷気がサーキュレーション孔から収容部に噴出降下することは明らかであると認められるから、「収容部の上部に、サーキュレーション孔を有するダクト板を介して該収容部と区画した天井ダクトを形成し、この天井ダクトと収容部下部とを熱交換室を介して連通させ、この熱交換室から天井ダクトに至る通路に、熱交換器及びサーキュレーションファンを設け、上記ダクト板のサーキュレーション孔は、上記熱交換器及びサーキュレーションファンの吐出側より吹き出される冷気により、上記天井ダクトの圧力を上記収容部の圧力より高め加圧状態の冷気を該サーキュレーション孔から収容部内に噴出降下させる孔に設定した保温庫」を構成とする発明が記載され(別紙図面2参照)、同じく本願の出願前日本国内において頒布された刊行物である実願昭48-133485号(実開昭50-79058号)のマイクロフィルム(以下「引用例2」という。)には、特にその明細書第4頁3行ないし6行「一定温度の風は多孔板の多数の孔よりまんべんなく均一に恒温室内に送気され、従って恒温室内はドラフトのない均一な温度に保つことが出来る」の記載からみて、多孔板の孔が微細孔であることは明らかであると認められるから、「恒温室の上部に、微細孔を有する多孔板を介して該恒温室と区画した送気室を形成し、この送気室と恒温室下部とを連通させ、この連通部に、空調機を内蔵した循環装置を設け、上記多孔板の微細孔は、上記空調機を内蔵した循環装置の吐出側より吹き出される冷気により、上記送気室の圧力を上記恒温室の圧力より高め加圧状態の冷気を該微細孔から恒温室内に送り込み降下させる孔径に設定した恒温装置」を構成とする発明が記載されていると認められる。

(3)  そこで、本願発明(前者)と引用例1に記載された発明(後者)とを対比すると、後者の「収容部」、「サーキュレーション孔」、「ダクト板」、「天井ダクト」、「熱交換室」及び「保温庫」が、それぞれ前者の「保存室」、「孔」、「多孔板」、「加圧冷気室」、「ダクト」及び「冷蔵装置」に相当するものと認められるから、両者は、「保存室の上部に、孔を有する多孔板を介して該保存室と区画した加圧冷気室を形成し、この加圧冷気室と保存室下部とをダクトを介して連通させ、このダクトから加圧冷気室に至る通路に熱交換器及びファンを設け、上記多孔板の孔は、上記熱交換器及びファンの吐出側より吹き出される冷気により、上記加圧冷気室の圧力を上記保存室の圧力より高め加圧状態の冷気を該孔から保存室内に噴出降下させる孔に設定した冷蔵装置」である点において共通し、下記の点で相違しているものと認められる。

<1> 保存室が、前者は、食品を保存するものであるのに対し、後者は、この点が明らかではない。

<2> 前者は、加圧冷気室内に、加湿器の吹出口を開口させているのに対し、後者は、かかる構成を備えていない。

<3> 前者は、熱交換器及びファンが冷却ユニットを構成していて、その吸込側をダクト側に、その吐出側を加圧冷気室側に、それぞれ連通させているのに対し、後者は、かかる構成を備えていない。

<4> 多孔板の孔が、前者は、微細孔であるのに対し、後者は、この点が明らかではない。

<5> 保存室内に噴出降下する空気の速度が、前者は、50~90cm/secとなるように制御されているのに対し、後者は、この点が明らかではない。

(4)  上記相違点について検討する。

<1> 相違点<1>について

冷気が降下するタイプの保存室に食品を保存することは、きわめて周知のことと認められるから、相違点<1>に実質的な相違はないというべきである。

<2> 相違点<2>について

冷蔵装置あるいは貯蔵装置において、加湿器を設けることは普通に行われているところであると認められ(必要ならば、特公昭45-13029号公報、実公昭45-26955号公報参照)、また、加圧冷気室内に加湿器の吹出口を開口させることは、当然に考慮されるべき単なる設計事項にすぎないものと認められるので、相違点<2>の前者の構成に格別発明はないというべきである。

<3> 相違点<3>について

熱交換器とファンにより冷却ユニットを構成すること自体、従来より周知のことであると認められ(引用例2の空調機を内蔵した循環装置も冷却ユニットであると認められる)、また、冷却ユニットの吸込側をダクト側に、冷却ユニットの吐出側を加圧冷気室側に、それぞれ連通させることは、当然に考慮されるべき単なる設計事項にすぎないものと認められるので、相違点<3>の前者の構成に格別発明はないというべきである。

<4> 相違点<4>について

引用例2に記載された発明の「恒温室」、「送気室」、「空調機を内蔵した循環装置」及び「恒温装置」がそれぞれ前者の「保存室」、「加圧冷気室」、「冷却ユニット」及び「冷蔵装置」に相当するものと認められるから、引用例2に記載された発明は、相違点<4>の前者の構成を備えているものと認められる。しかして、後者も引用例2に記載された発明も、共に多孔板を介して冷気を降下させるタイプの冷蔵装置に関するものであるから、後者の多孔板に代えて、引用例2に記載された発明の微細孔を有する多孔板を採用することは、当業者が格別困難性を要することではないというべきである。また、相違点<4>の前者の構成の効果が後者及び引用例2に記載された発明のそれぞれの効果の総和以上の格別な効果であるとも認められない。

<5> 相違点<5>について

食品を冷蔵するときの空気(冷気)の速度は、食品の種類、空気の温度あるいは湿度等の種々の要因によって定まるものであって、一義的に50~90cm/secが最適であるとは認められないこと、また、50~90cm/secという空気速度は、食品を冷却するときに普通に用いられる空気速度であること(必要ならば、一例として、日本冷凍協会編「冷凍空調便覧1965」再版発行昭和40年6月30日、日本冷凍協会発行 第917頁表2・28及び表2・30参照)を勘案すると、相違点<5>の前者の構成は、当業者が必要に応じて適宜採用し得る単なる設計事項にすぎないものというべきである。

(5)  したがって、本願発明は、引用例1及び2に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。

4  審決を取り消すべき事由

審決の理由の要点(1)は認める。同(2)のうち、引用例1の記載事項の認定は認める。引用例2の記載事項の認定のうち、「一定温度の風は多孔板の多数の孔よりまんべんなく均一に恒温室内に送気され、従って恒温室内はドラフトのない均一な温度に保つことが出来る」との部分は認めるが、その余は争う。同(3)は認める。同(4)<1>のうち、冷気が降下するタイプの保存室に食品を保存することがきわめて周知であることは認めるが、その余は争う。同(4)<2>のうち、冷蔵装置あるいは貯蔵装置において、加湿器を設けることが普通に行われているところであることは認めるが、その余は争う。同(4)<3>は認める。同(4)<4>、<5>は争う。同(5)は争う。

審決は、相違点<1>、<2>、<4>、<5>についての判断を誤り、その結果、本願発明の進歩性の判断を誤ったものであるから、違法として取り消されるべきである。

(1)  相違点<1>の判断の誤り(取消事由1)

本願明細書の発明の詳細な説明中の「技術分野」の欄に、「本発明は、生鮮食品を長期保存するのに適した冷蔵装置に関する」と明示され、「従来技術およびその問題点」の欄に、「生鮮食品」の望ましい貯蔵法及びその実施のための従来技術とその問題点が記載され、「発明の目的」の欄に、「より構造の簡単な装置によって、恒温恒湿の保存条件を実現できる装置を得ることを目的とする」と記載されているように、本願発明は、従来技術より構造の簡単な装置によって生鮮食品を保存するのに適した装置を得ることを目的とし、そのための構成が採られているのである。そして、本願の特許請求の範囲中の「食品」が実質的に「生鮮食品」を意味することは、特許請求の範囲中に、冷気の降下速度が50~90cm/secであるとの限定があることから明らかである。

したがって、この点を無視して、相違点<1>に実質的な相違はないとした審決の判断は誤りである。

(2)  相違点<2>の判断の誤り(取消事由2)

冷蔵装置あるいは貯蔵装置において、加湿器を設けることは普通に行われているが、審決が引用する特公昭45-13029号公報(甲第6号証)には、加湿器をどこに設けるかについては何ら記載されていないし、同じく審決が引用する実公昭45-26955号公報(甲第7号証)には、送風機に送り込まれる前に加湿する旨記載されており、本願発明と異なる場所で加湿されることが明記されている。

これに対し、本願発明では、「加圧冷気室内に、加湿器の吹出口を開口させ」る構成としたことによって、「冷気は十分加湿空気と混合されたのち、保存室内に降下するため、貯蔵品を常に新鮮な加湿冷気に接触させ・・・ることができる。」(甲第5号証10頁1行ないし4行)という効果が得られるものである。

したがって、加圧冷気室内に加湿器の吹出口を開口させることは単なる設計事項ではなく、相違点<2>についての審決の判断は誤りである。

(3)  相違点<4>の判断の誤り(取消事由3)

審決は、引用例2の多孔板の孔が微細孔であることは明らかであると認定しているが、誤りである。

引用例2(甲第3号証)には、多孔板の孔について、「多数の孔(2)(2)’・・・を有する多孔板(3)」(2頁10行、11行)、「多孔板の多数の孔」(4頁3行)と表現されているが、これは、「多数の浸出孔(6)(6)’・・・を穿設した内室(7)」(2頁12行、13行)と同様な表現であり、多孔板の孔の大きさと内室に穿設される浸出孔が同じレベルの大きさと考えられていることが窺われる。本願発明の実施例においては、保存室からの排気のため「すのこ板23」が用いられていることから判るように、排気のための孔は通常大きめの方が望ましいものである。このことから考えても、引用例2における内室に穿設される浸出孔及び多孔板の孔はある程度以上の大きさのものと読み取れ、「微細孔」と読み取ることはできない。

したがって、引用例2の発明は、相違点<4>の本願発明の構成を備えているものとはいえず、引用例1の多孔板に代えて引用例2の多孔板を採用しても、本願発明とはならない。

仮に、引用例2の多孔板の孔が微細孔であるとしても、引用例2の発明において多孔板の孔が微細孔とされている目的及び効果と、本願発明において多孔板の孔が微細孔とされている目的及び効果は全く異なる。引用例2の発明においては、「まんべんなく均一な恒温室内に送気」するためにだけ孔があるのに対し、本願発明においては、冷気ユニットから吹き出される冷気量を調節すると共に、多孔板の孔を微細孔とすることによって、多孔板を介して保存室内に噴出降下する空気の速度を50~90cm/secとなるよう制御しているものである。したがって、引用例2の多孔板の孔が微細孔であるとしても、目的及び効果の相違から、その微細孔の程度が異なってくるのである。

以上のとおり、引用例2の多孔板の孔が微細孔であると否とにかかわらず、相違点<4>の本願発明の構成の効果は、引用例1及び2の発明のそれぞれの効果の総和以上の格別の効果を有するものである。

したがって、相違点<4>についての審決の判断は誤りである。

(4)  相違点<5>の判断の誤り(取消事由4)

本願発明のような冷蔵装置においては、冷気の降下速度は50~90cm/secとしたとき、良い結果が得られることは原告によって確認されている。

審決が引用する日本冷凍協会編「冷凍空調便覧1965」(甲第8号証)の917頁表2・28は空気の速度と湿度との関係を、表2・30は冷却条件と目減りの関係をそれぞれ表したにすぎず、上記文献には、「50~90cm/secという空気速度は、食品を冷却するときに普通に用いられる空気速度である」ことなど記載されていない。さらに、最適な冷気降下速度とするため、いかなる構成を採るかがまさに問題なのであるが、この構成について上記文献には何らの示唆もない。

一方、引用例2には、空気が「まんべんなく」「均一に」送気されることが述べられているだけで、多孔板を用いて必要な流速を得ることについての着眼が全くない。本願発明は、単に「まんべんなく」「均一に」送気するにとどまる発明ではなく、「50~90cm/sec」の流速を得るために、微細孔を有する多孔板を用いることに着眼した点に新しさがある。すなわち、本願発明の構成によれば、多孔板の微細孔の大きさに応じて冷却ユニットから吹き出される冷気量を調節することにより、保存室内の貯蔵品へより均一に一定の空気速度による冷気を接触させることが可能となるもので、従来存在しなかった技術である。

したがって、相違点<5>についての本願発明の構成は、決して当業者が必要に応じて適宜採用し得る単なる設計事項ではなく、相違点<5>についての審決の判断は誤りである。

第3  請求の原因に対する認否及び反論

1  請求の原因1ないし3は認める。同4は争う。審決の認定、判断は正当であって、原告ら主張の誤りはない。

2  反論

(1)  取消事由1について

本願の特許請求の範囲第1項には「食品を保存」すると記載され、本願発明における保存の対象は「食品」であることが明示されていて、「生鮮食品」のみを保存するためのものと限定されないから、相違点<1>の判断が誤りであるとする原告らの主張は失当である。

(2)  取消事由2について

審決が甲第6号証、第7号証を挙示したのは、本願出願前、貯蔵装置あるいは冷蔵装置において加湿器を設けることが普通に行われている根拠を例示的に示すためである。そして、冷蔵装置において加湿器を設け、加湿された冷気を貯蔵品に接触させるものにあっては、その加湿冷気は新鮮であることが望ましいことは当業者において技術常識であり、加湿器設置に際して当然考慮されるべきことである。また、引用例1や本願発明のように「ダクト板15」や「多孔板13」を介して冷気を保存室に供給するものにおいては、これらダクト板や多孔板の直前で加湿空気を供給すれば、新鮮な加湿冷気が保存室に供給されることは、当業者において自明のことである。

したがって、相違点<2>についての審決の判断に誤りはない。

(3)  取消事由3について

本願発明の「微細孔」の有する作用効果は、「冷却ユニット15からの吐出冷気により、加圧冷気室12内の圧力を保存室11内の圧力より高くすることができ」(甲第5号証5頁19行ないし6頁1行)、「冷気と加湿空気は、加圧冷気室12内で十分混合され、また、多孔板13の微細孔は均一に分布しているから、保存室11内への降下加湿冷気は、庫内に極めて均一に与えられる。」(同8頁2行ないし5行)ことである。したがって、本願発明の微細孔は、加圧冷気室内に所定の冷気圧力が生ずるようになし、そしてその冷気が均一に保存室内へ噴出降下される程度の大きさであることを意味すると解される。

ところで、引用例2には、「多孔板を設置して送気室と恒温室に区劃して送気室内に一定温度の空気を送り込むようにしてあるので、一定温度の風は多孔板の多数の孔よりまんべんなく均一に恒温室内に送気され、従って恒温室内はドラフトのない均一な温度に保つことが出来る。」(甲第3号証3頁末行ないし4頁6行)と記載されている。そして、「一定温度の風は多孔板の多数の孔よりまんべんなく均一に恒温室内に送気され、従って恒温室内はドラフトのない均一な温度に保つことが出来る」ためには、引用例2記載の恒温装置の構造から、引用例2の「孔2、2’・・・」の孔径は、「送気室4」がそこに送り込まれる一定温度の空気により、「恒温室5」の圧力より高めの加圧状態に、しかも、その圧力も「多孔板3」全面にわたって一定となるような相当細いものでなければならないことは、当業者において自明のことである。

してみると、引用例2の「孔2、2’・・・」は、本願発明の微細孔と同様の作用効果を奏するものであり、その孔径も相当細いことから、また、引用例2の記載においてこれを本願発明でいうところの「微細孔」と解することができない記載もないことから、本願発明の微細孔に相当するものであることは明らかである。

一方、本願発明において、空気(冷気)の速度を「50~90cm/sec」にすることに関しては、本願明細書において、「多孔板13を通して保存室11内に降下する冷気の速度は、貯蔵食品の種類に応じて調節できるようにすることが望ましい。これは冷却ユニット15から吐出される風量をインバータによって調節可能とすることで実現できる。またこの降下速度は、50~90cm/secとしたとき良い保存結果が得られることが確認された。」(甲第5号証8頁16行ないし9頁2行)と記載されているように、冷気は食品の種類に応じてインバータによって最適温度に調節されるものであることが明記されている。すなわち、本願明細書の記載によれば、本願発明における微細孔の作用効果は、前記のとおり、引用例2の「孔2、2’・・・」と同じ作用効果であり、冷気の速度を50~90cm/secに調節するのはインバータであることは明確である。そして、微細孔の大きさに関し、本願発明のものも引用例2のものも、あまり小さすぎると、冷気は噴出せず、逆に大きすぎると、加圧冷気室12(引用例2においては送気室4)内の圧力を高め、冷気を均一に庫内へ与えることができないことは自明であり、これら以外の大きさの範囲において、この微細孔の大きさが前述の作用効果を奏することができるように経験的もしくは実験的に適宜選択されるものであり、この点に関しても両者変わるところはない。そして、本願発明においては、このように選択された大きさの微細孔を有する多孔板13を使用して、冷気の速度をインバータによって50~90cm/secに調節されるのである。

以上から明らかなように、本願発明の微細孔は、引用例2の多孔板3の「「孔2、2’・・・」の作用効果以上の作用効果を有するものではなく、審決において、相違点<4>の本願発明の効果が引用例1及び2に記載された発明のそれぞれの効果の総和以上の格別の効果であるとも認められないとした点は、当を得たものである。

したがって、相違点<4>についての審決の判断に誤りはない。

(4)  取消事由4について

保存室内に保存された食品に当たる冷気の速度が過大であれば、食品が損傷を受けたり、エネルギーが無駄になったりするし、また、逆に食品に当たる冷気の速度が過小であれば、食品が十分に冷却されないから、食品に当たる冷気の速度には最適な範囲があることは当業者には自明のことである。そして、その最適範囲には、食品の種類、空気の温度あるいは湿度等の種々の要因によって定まるものであることも、当業者にあっては自明なことである。

甲第8号証には、確かに、原告らの主張のとおり、「50~90cm/secという空気速度は、食品を冷却するときに普通に用いられる空気速度である」とは明記されていないが、枝肉を冷却するときの空気の流速を0.5~3.0呎/秒(約15cm/sec~90cm/sec)とした例が記載されている。そして、甲第8号証に記載された上記の例のような場合、実際の枝肉の冷却において、通常用いられる空気の流速の範囲で、湿度をいかに保つべきかという観点から、流速と湿度との関係を例示したものであると考えるのが相当である。してみれば、本願発明の「保存室内に噴出降下する空気の速度」の「50~90cm/sec」は、甲第8号証の「空気の流速の約15cm/sec~90cm/sec」に完全に包含されているから、本願発明の「50~90cm/secという空気速度」は、普通に用いられている範囲の速度であるということができる。

さらに、本願明細書においては、甲第5号証8頁末行ないし9頁2行に「この降下速度は、50~90cm/secとしたとき良い保存結果が得られることが確認された。」とあるのみで、冷気速度の上、下限値である「90cm/sec」及び「50cm/sec」の臨界的な意義、冷却速度を「50~90cm/sec」とすることによる具体的な格別の効果、さらには、本願発明の冷気速度の「50~90cm/sec」が普通に用いられているものでないことを窺い知る記載はない。

したがって、相違点<5>の本願発明の構成は、当業者が通常行う最適値を求める実験を行い、その結果に基づき、必要に応じて適宜採用し得る単なる設計事項にすぎないものというべきであって、相違点<5>についての審決の判断に誤りはない。

第4  証拠

証拠関係は、本件記録中の書証目録記載のとおりであって、書証の成立はいずれも当事者間に争いがない。

理由

1  請求の原因1(特許庁における手続の経緯)、2(本願発明の要旨)及び3(審決の理由の要点)については、当事者間に争いがない。

そして、引用例1に審決認定の記載があること、本願発明と引用例1記載の発明との一致点及び相違点が審決認定のとおりであること、及び、相違点<3>についての審決の判断についても、当事者間に争いがない。

2  そこで、原告ら主張の取消事由の当否について検討する。

(1)  取消事由1について

<1>  引用例1の保温庫(冷蔵装置)は収容部(保存室)に冷気を降下させるものであるが、冷気が降下するタイプの保存室に食品を保存することはきわめて周知であるから(このことは当事者間に争いがない。)、引用例1の収容部が食品の保存に用いられることは当然予測できることであって、相違点<1>に実質的な相違はないとした審決の判断に誤りはないものというべきである。

<2>  原告らは、本願明細書の発明の詳細な説明中の「技術分野」の欄に「本発明は、生鮮食品を長期保存するのに適した冷蔵装置に関する」と明示され、「従来技術およびその問題点」の欄に「生鮮食品」の望ましい貯蔵法及びその実施のための従来技術とその問題点が記載され、「発明の目的」の欄に「より構造の簡単な装置によって、恒温恒湿の保存条件を実現できる装置を得ることを目的とする」と記載されていることから、本願発明は従来技術より構造の簡単な装置によって「生鮮食品」を長期保存するのに適した装置を得ることを目的としたものであること、また、特許請求の範囲中に、冷気の降下速度が50~90cm/secであるとの限定があることから、特許請求の範囲中の「食品」は実質的に「生鮮食品」を意味することを理由として、これらの点を無視した、相違点<1>の判断は誤りである旨主張する。

しかし、本願発明の特許請求の範囲には、保存室に保存される対象について「食品」と明確に記載されているから、「生鮮食品」に限定すべき理由はなく、また、特許請求の範囲に規定されている冷気の降下速度から、特許請求の範囲中の「食品」を実質的に「生鮮食品」を意味するものと解すべき技術的理由は見出し難いから、本願発明の冷蔵装置による保存の対象が「生鮮食品」に限定されることを前提とする原告らの上記主張は理由がない。

<3>  以上のとおりであって、取消事由1は理由がない。

(2)  取消事由2について

<1>  冷蔵装置あるいは貯蔵装置において加湿器を設けることが普通に行われていることは、当事者間に争いがない。

ところで、冷蔵装置あるいは貯蔵装置において、加湿器からの加湿空気を冷気と混合させ、これを貯蔵品に接触させて用いる場合に、その加湿冷気が新鮮であることが望ましいこと、引用例1の発明や本願発明のように「ダクト板15」や「多孔板13」を介して冷気を保存室に供給するものにおいては、これらダクト板や多孔板の直前で加湿空気を供給すれば新鮮な加湿冷気を保存室に供給することができることは、当業者にとって技術的に自明のことであって、これらの点は加湿器の設置に際して当然考慮されるべきことと認められる。

そうすると、加圧冷気室内に加湿器の吹出口を開口させることは、当然に考慮されるべき単なる設計事項にすぎないとした審決の判断に誤りはなく、したがって、相違点<2>についての審決の判断に誤りはないものというべきである。

<2>  原告らは、特公昭45-13029号公報(甲第6号証)には加湿器をどこに設けるかについて記載されていないこと、実公昭45-26955号公報(甲第7号証)には本願発明と異なる場所で加湿されていることが明記されていることを、相違点<2>についての判断が誤りであることの理由の一つとしているが、審決が上記各文献を引用した趣旨は、冷蔵装置あるいは貯蔵装置において、加湿器を設けることが普通に行われていることを示すためのものにすぎないから、原告らの上記主張は当を得たものとはいえない。

また原告らは、本願発明では、「加湿冷気室内に、加湿器の吹出口を開口させ」る構成としたことによって、「冷気は十分加湿空気と混合されたのち、保存室内に降下するため、貯蔵品を常に新鮮な加湿空気に接触させ・・・ることができる。」(甲第5号証10頁1行ないし4行)という効果が得られる旨主張するが、上記構成を採用することによって上記効果が得られることは当然予測し得ることであり、上記構成自体は、単なる設計事項にすぎないものと認められる。

<3>  以上のとおりであって、取消事由2は理由がない。

(3)  取消事由3について

<1>  引用例2(甲第3号証)の実用新案登録請求の範囲には、「部屋本体の上部に多孔板を設置して送気室と恒温室に区劃し、恒温室の排気口と送気室の送気口を空調機、温熱器を内蔵した循環装置により連絡すると共に、空調機、温熱器には恒温室に設置せる温度制御器に連係せしめてなる恒温装置。」と記載され、考案の詳細な説明には、「本案は・・・部屋全体を多孔板により区劃して送気室と恒温室を形成し、該送気室と恒温室を循環装置により連絡して送気室に一定温度の空気を送気し、この一定温度の空気を多孔板の孔より恒温室に散気して恒温室全体を均一な温度に保持しようとするものである。」(2頁2行ないし8行)、「多孔板を設置して送気室と恒温室に区劃して送気室内に一定温度の空気を送り込むようにしてあるので、一定温度の風は多孔板の多数の孔よりまんべんなく均一に恒温室内に送気され、従って恒温室内はドラフトのない均一な温度に保つことが出来る。」(3頁末行ないし4頁6行)と記載されていることが認められる。

ところで、本願明細書の特許請求の範囲中の「上記多孔板の微細孔は、上記冷却ユニットの吐出側より吹き出される冷気により、上記加圧冷気室の圧力を上記保存室の圧力より高め加圧状態の冷気を該微細孔から保存室内に噴出降下させる孔径に設定し、」との記載、発明の詳細な説明中の「冷気と加湿空気は、加圧冷気室12内で十分混合され、また多孔板13の微細孔は均一に分布しているから、保存室11内への降下加湿冷気は、庫内に極めて均一に与えられる。」(甲第5号証8頁2行ないし5行)との記載によれば、本願発明における「多孔板の微細孔」は、加圧冷気室を保存室より高い冷気圧力にするようにし、かつ、冷気を均一に加圧冷気室から保存室内に噴出降下させる程度の大きさのものであると解される。

引用例2記載のものにおいて、上記のとおり、「一定温度の風は多孔板の多数の孔よりまんべんなく均一に恒温室内に送気され、従って恒温室内はドラフトのない均一な温度に保つことが出来る。」という作用効果を得るためには、一定温度の空気によって送気室が恒温室より高めの加圧状態になるように、かつ、均一に恒温室に送気することができるように、多孔板の孔径は相当細いものでなければならないことは、当業者において自明のことと認められる。そうすると、引用例2の多孔板の孔は、本願発明の微細孔と同様の作用効果を奏するものであって、本願発明の微細孔に相当するものと認められる。

以上認定、説示したところと、引用例2の図面(別紙図面3参照)によれば、引用例2には、「恒温室の上部に、微細孔を有する多孔板を介して該恒温室と区画した送気室を形成し、この送気室と恒温室下部とを連通させ、この連通部に、空調機を内蔵した循環装置を設け、上記多孔板の微細孔は、上記空調機を内蔵した循環装置の吐出側より吹き出される冷気により、上記送気室の圧力を上記恒温室の圧力より高め加圧状態の冷気を該微細孔から恒温室内に送り込み降下させる孔径に設定した恒温装置」を構成とする発明が記載されているとした審決の認定に誤りはなく、引用例2の「恒温室」、「送気室」、「空調機を内蔵した循環装置」及び「恒温装置」は、それぞれ本願発明の「保存室」、「加圧冷気室」、「冷却ユニット」及び「冷蔵装置」に相当するものと認められるから、引用例2に記載された発明は、相違点<4>に係る本願発明の構成を備えているものと認めるのが相当である。

そして、引用例1及び2の発明は共に、多孔板を介して冷気を降下させるタイプの冷蔵装置に関するものであるから、引用例1記載の発明の多孔板に代えて、引用例2記載の発明の微細孔を有する多孔板を採用することは、当業者において格別困難性を要することとは認められない。

したがって、相違点<4>についての審決の判断に誤りはない。

<2>  原告らは、引用例2における多孔板の孔と内室に穿設される浸出孔は同じレベルの大きさと考えられていることが窺われ、排気のための孔は通常大きめの方が望ましいものであることを理由として、上記多孔板の孔及び浸出孔はある程度以上の大きさのものと読み取れ、「微細孔」と読み取ることはできない旨主張する。

しかし、引用例2を精査しても、引用例2の多孔板の孔と内室に穿設される浸出孔が同じレベルの大きさのものであると窺うことはできないし、多孔板の孔は単に排気のために設けられているものではないから、上記主張は採用できない。

また原告らは、引用例2の発明においては、「まんべんなく均一な恒温室内に送気」するためにだけ孔があるのに対し、本願発明においては、冷気ユニットから吹き出される冷気量を調節すると共に、多孔板の孔を微細孔とすることによって、多孔板を介して保存室内に噴出降下する空気の速度を50~90cm/secとなるよう制御しているものであるから、引用例2の多孔板の孔が微細孔であるとしても、上記のような目的及び効果の相違から、その微細孔の程度が異なってくるのであって、相違点<4>の本願発明の構成の効果は、引用例1及び2の発明のそれぞれの効果の総和以上の格別の効果を有するものである旨主張する。

しかし、引用例2の多孔板の孔が本願発明の微細孔と同様の作用効果を奏するものであることは、上記説示のとおりである。

本願明細書には、「本発明は、多孔板を介して保存室内に噴出降下する空気の速度が50~90cm/secとなるように制御される」(甲第5号証10頁6行ないし8行)と記載されているが、「多孔板13を通して保存室11内に降下する冷気の速度は、貯蔵食品の種類に応じて調節できるようにすることが望ましい。これは冷却ユニット15から吐出される風量をインバータによって調節可能とすることで実現できる。またこの降下速度は、50~90cm/secとしたとき良い保存結果が得られることが確認された。」(同8頁16行ないし9頁2行)と記載されているように、本願発明において、冷気の速度を50~90cm/secに調節するのはインバータであって、冷気の速度の制御について微細孔自体が直接関与するものでないことは明らかである。そして、本願発明の微細孔の大きさ及び引用例2の多孔板の孔の大きさについても、上記作用効果を奏することのできる程度のものに適宜選択されることは明らかであって、この点に両者に差異があるとは認められない。

したがって、原告らの上記主張は採用できない。

<3>  以上のとおりであって、取消事由3は理由がない。

(4)  取消事由4について

<1>  本願明細書には、「降下速度は、50~90cm/secとしたとき良い保存結果が得られることが確認された。」(甲第5号証8頁末行ないし9頁2行)と記載されているが、本願明細書に「保存室11内に降下する冷気の速度は、貯蔵食品の種類に応じて調節できるようにすることが望ましい。」(同8頁16行ないし18行)と記載されていること、日本冷凍協会編「冷凍空調便覧1965」・再版発行昭和40年6月30日(甲第8号証)の917頁「e)湿度」の項に、枝肉の冷却に関して「24時間めから72時間めまでには表2・28のような条件で流速が小さければ、湿度を低くする。」と記載されていることなどからも明らかなように、食品を冷却するときの空気(冷気)の速度は、食品の種類、空気の温度あるいは湿度等の種々の要因によって定まるものであるのに、本願明細書には、これらの点を含めて、本願発明において空気(冷気)の降下速度の範囲を上記のとおり設定したことによる臨界的な意義あるいは具体的な格別の効果についての記載はない。

ところで、上記甲第8号証の917頁に掲記の、枝肉の冷却に関する「空気の流速と湿度」の関係を示す表2・28には、空気の流速として0.5~3.0呎/秒とした例が記載されていること、及び、上記「24時間めから72時間めまでには表2・28のような条件で流速が小さければ、湿度を低くする。」との記載によれば、枝肉の冷却において、空気の流速を0.5~3.0呎/秒(約15cm/sec~90cm/sec)程度にすることは通常用いられている範囲のものと推認されるところ、本願発明における50~90cm/secという空気速度は、甲第8号証の上記流速の範囲内にあって、食品を冷却する場合に普通に用いられる程度の範囲の速度であるということができる。

以上によれば、本願発明の「保存室内に噴出降下する空気の速度が50~90cm/secとなるように制御する」ことは、当業者が食品の適切な冷却条件を得るために通常行う実験の結果に基づいて適宜採用し得る程度のものと認めるのが相当であって、相違点<5>についての審決の判断に誤りはないものというべきである。

<2>  原告らは、最適な冷気降下速度とするためにいかなる構成を採るかが問題となるが、甲第8号証にはこの点については何らの示唆もなく、また、引用例2には、空気が「まんべんなく」「均一に」送気されることが述べられているだけで、多孔板を用いて必要な流速を得ることについての着眼がないのに対し、本願発明は、単に「まんべんなく」「均一に」送気することにとどまる発明ではなく、「50~90cm/sec」の流速を得るために、微細孔を有する多孔板を用いることに着眼した点に新しさがあり、本願発明の構成によれば、多孔板の微細孔の大きさに応じて冷却ユニットから吹き出される冷気量を調節することにより、保存室内の貯蔵品へより均一に一定の空気速度による冷気を接触することが可能となるものである旨主張する。しかし、前記(3)<2>に説示のとおり、本願発明において、冷気の速度を50~90cm/secに調節するのはインバータであって、冷気の速度の制御について微細孔自体が直接関与するものでないから、上記主張は採用できない。

<3>  以上のとおりであって、取消事由4は理由がない。

3  以上のとおり、原告ら主張の取消事由はいずれも理由がなく、審決に取り消すべき違法はない。

よって、原告らの本訴請求を棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条、93条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 伊藤博 裁判官 濵崎浩一 裁判官 市川正巳)

別紙図面1

<省略>

別紙図面2

<省略>

別紙図面3

<省略>

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